ラスクラスのプログラミングと音楽の日々

プログラミングと音楽についての個人的な書き込みをしていきます。

哲学による悩みの解決

はじめに

最近哲学の本がマイブームになっています。
また哲学は最古のものだと紀元前5世紀まで遡る学問であり、昔の人間の知恵が古臭いものではなく、現代につながるものだと感じます。
今回はそんな中でも以下の本を紹介したいと思います。

悩みの一覧

本書では6つのカテゴリで代表的な悩みを取り扱っています。

仕事

  • 将来、食べていけるか不安
  • 忙しい。時間がない
  • お金持ちになりたい
  • やりたい事はあるが、行動に移す勇気がない
  • 会社を辞めたいが辞められない

仕事の悩みについては現代特有の物で、哲学とは縁遠く感じるかもしれません。
しかしこれらの悩みについて哲学の観点から解決のアプローチが取れます。

例えば「お金持ちになりたい」は多くの方が考える悩みだと思います。
これに対してマックス・ウェーバーという哲学者が以下の様に答えを出しています。
金の亡者として自分の全てを金稼ぎに注ぎ込んでもお金が集まらないとマックスは考えています。
逆に「お金への執着を捨てて、ストイックに働いた人が結果としてお金持ちになった」と考えています。
マックスはキリスト教カトリックプロテスタントの経済状況に注目しました。
その結果プロテスタントの人々の方がカトリックの人々より裕福であるというデータが出ました。
カトリックはかつて免罪符を販売した事で利益を得ましたが、逆に免罪符がある事で堕落した生活になってしまったそうです。

一方でプロテスタントの人々は神に救われるか救われないかが決まっておらず、必死に働きました。
また、与えられた全てのことに全力を尽くす事が神に救われる資格を持つ人間と考えました。
その為、暇があると不安にかられ、仕事に打ち込む為、仕事が神から与えられた天職となりました。

この様に仕事をする事で全体の生活のためになった結果としてお金が儲かり裕福になるというのがマックスの考えでした。
また天職を禁欲的に労働に駆り立てるモチベーションの発明によって資本主義を生む原動力になりました。
そのため私たちを動かすモチベーションはお金そのものではないと考えています。
上記をまとめると以下の様になります。

できる限り多くの利益を得て、できる限り節約する者は、神の恩寵を増し加えられる

自意識・劣等感

  • 緊張してしまう
  • 自分の顔が醜い
  • 思い出したくない過去をフラッシュバックする
  • 自分を他人と比べて落ち込んでしまう
  • 他人から認められたい。チヤホヤされたい
  • ダイエットが続かない
  • 常に漫然とした不安に襲われている
  • 人の目が気になる

自意識や劣等感についても哲学の考えが活かせます。
例えば「人の目が気になる」という悩みについてです。
この悩みは私も感じていました。

この悩みについてはミシェル・フーコーという哲学者が分析をしました。
ミシェルは優等生でありながら同性愛者であることを悩んでいました。
そのことから2度自殺未遂を起こしています。
その際に哲学者の教師から「病は仕事で克服せよ」と教えられました。
その結果ミシェルは全力で仕事に打ち込んだそうです。

ミシェルは仕事として主人たちをまとめて一斉に監視する仕組みの「パノプティコン」というシステムに目をつけます。
これは円形状に取り巻く独房の中心に監視塔が高くそびえ、その中に監視員がいてぐるりと周囲を監視する設計の構造です。
ただし監視塔にはマジックミラーが張り巡らされており、監視人が中にいるかは独房の囚人からはよく見えない仕組みとなっています。
しかし「見られている」意識が囚人たちを自分で自分を縛り付ける効果があったそうです。

近代では「見えない他者」を気にして自分の行動を束縛してしまいます。
勝手に空気を読んで自粛してしまう同調圧力の社会です。

その後ミシェルはゲイのコミュニティでの奔放な経験から、「自分が自分をうまく統御して生きる」という道徳を参照する様になります。
その結果ミシェルは以下の様な結論に達します。

懸命になって「ゲイ」にならなければならない

これを汎用的に置き換えると、「勇気を持って自分の持つありようを自由に発揮させて生きていく努力をしていくこと」になります。

人間関係

  • 友人から下に見られている
  • 嫌いな上司がいる。上司とうまくいっていない
  • 家族がにくい

人間関係についても哲学が活かせます。
例えば「嫌いな上司がいる。上司とうまくいっていない」の悩みについてみてみましょう。

この問題についてはバーフール・デ・スピノザの哲学を用いる事ができます。
私たちは自分の意志で自分の行動などをコントロールできる「自由意志」を持っていると思っています。
その為上司などの他人に対しても「もっと人が気持ちよく働ける様な言い方などはできないのだろうか?」と考えてしまう事が多いです。
しかしスピノザの考えでは「誰も自分で自分を変える事はできない」と考えており、自由意志は無いとしています。
また、上司の嫌な言動について、全ては上司を産んだ家庭や育った環境、またその後の社会人経験によって決まっています。
その為起こった事は全て必然であり、最初から決まっている事です。

スピノザは決められた運命を変える強い意志も能力も人間は持ち合わせてはいないと考えています。
その為上司が嫌味を言うに至った経緯や人生やその他全ての世界のあらわれとして、理解する事で自身の魂の平安を得られると考えています。

スピノザの答えは以下の様になります。
嘲笑せず、嘆かず、呪わず、ただ理解する

恋愛・結婚

  • 恋人や妻(夫)とけんかが絶えない
  • 不倫がやめられない
  • 大切な人を失った

人生において恋愛や結婚は一大事であり、パートナーとの関係は大切です。
そんな中でも上記の様な悩みは現代でも多くの人が感じているのではないでしょうか?
そんな中で「大切な人を失った」について哲学の観点から答えが出たかをみてみましょう。

この悩みについてはジークムント・フロイトの哲学が役に立ちます。
フロイトは「悲しみとは力である」と考えています。
また大切な人を失った悲しみのプロセスと、そこから立ち直る感情的なプロセスを「喪の仕事」と呼びました。
愛するものとの死に別れた場合だけでなく、生きている人に別れを告げられた場合も喪の仕事の考え方が活かせます。
喪失の悲しみを乗り越えるには、喪の仕事が正しく行われているかが問題だとフロイトは考えています。

フロイトは悲しみの原因を「リドピー」に求めました。
一般的にリドピーというと性欲と同じものと考えられていますが、性欲だけでなく気持ちを抱く対象に向かう心のエネルギーと定義しています。
喪の仕事は、長い悲しみのプロセスで、愛した対象を忘れようとしてもリドピーから強い抵抗に遭います。
その為喪の仕事が辛く感じ、失われた対象から自分のリドピーを解放しようにも、対象にリドピーが頑なに注がれてしまいます。

喪の仕事とはリドピーを注ぎ込み続けることから長い時間をかけて解放する事です。
膨大なリドピーを対象に注ぎ込むうちに、「でも私は生きていかなきゃ」とやがて冷静さを取り戻します。
そのうちに失われた相手と距離をとり、落ち着いた悲しみの感情を持てる様になります。
その後は悲しみの感情が懐かしさに変わっていきます。
そして「相手を失ったが自分は今生きている世界に留まって生きていくんだ」と言う自己愛につながります。

上記をまとめると、フロイトは以下の様な答えを出しました。
「喪の仕事」は長い時間をかけて一歩ずつ実現していく

人生

  • やりたい事がない。毎日が楽しくない
  • 人生の選択に迫られている
  • 夜、孤独を感じる

人生の悩みについて哲学的なアプローチは多々あるかと思います。
本書では上記の3つに絞ってみていきます。
その中でも「人生の選択に迫られてる」についてみていきたいと思います。

この悩みについてはダニエル・カーネマンが答えを出しています。
皆さんも感じているかと思いますが、人生は難しい選択の連続です。
進学から始まり、就職、結婚、キャリアなど、人生では様々な重要な選択があります。
また日々の中でもご飯の選択や、人間関係でどう対応するかの選択もあります。

そんな中、カーネマンの考えでは「人間は合理的な判断ができない」と考えています。
それを実証するために以下の様な実験を行いました。

例えば目の前にボタンが二つあります。
一つは80%の確率で4000ドルもらえるボタンです。
もう一つは100%の確率で3000ドルもらえるボタンです。
あなたはどちらのボタンを 選ぶでしょうか?

実験の結果は多くの人が3000ドルのボタンを選びました。
しかし統計学における期待値の考え方をすると、それぞれの期待値は前者が3200ドルで後者が3000ドルです。
そのため前者の方が期待値が高いのです。

またカーネマンは次の様な実験も行いました。
一つは80%の確率で4000ドル損をする。
もう一つは100%の確率で3000ドル損をする。
この場合は前者を選んだ人が多かったと言う結果が出ました。

これも期待値を見ると前者が3200ドルの損失で、後者が3000ドルの損失です。
この結果からカーネマンは「利益についてはより確実な方を選択し、損失についてはリスクをとってギャンブル的な選択肢を選ぶ傾向がある」と言う結論を出しています。
また「人間は損失の苦しみをより気にしてしまう」と言う指摘もしています。

またシーナ・アイエンガーによる「選択の心理学」の実験では、24種類のジャムと6種類のジャムを試食コーナーに並べた場合、6種類のジャムは試食ご30%の客が買ったのに対して、24種類のジャムを試食した客は3%しか買わなかったと言う結果が出ました。
そのため人は選択肢が多いと選ぶ事自体を放棄してしまう傾向にあると言えます。

この様なことから人間は合理的な選択が難しいだけでなく、選択肢が増えると判断自体ができなくなる事が証明されています。
その為選択する事はやはり難しのです。
「できるだけ自分で選択しない様に心がけよ」と言う学者もいるほどです。
カーネマンは直感で即決する思考だけではなく、熟慮する慎重な思考が大事だと考えています。
この様なことからカーネマンは以下の様な答えを出しました。

間違った直感の声は大きくてよく通り、理性の声は、小さくて聞き取りにくい

死・病気

  • 死ぬのが怖い
  • 人生が辛い
  • 重い病気にかかっている

死や病気についても哲学の答えが出ています。
その例として「人生が辛い」について見ていきましょう。

人生には辛い事がたくさんあります。
例えば金銭的な問題から生活が苦しかったり、借金が返せないくらい膨らんでいる。
また近しい人との人間関係が修復できないくらい拗れている。
この様な状況から「死ぬしかない」と思う様な事があります。

この悩みについてはマルティン・ハイデガーが答えを出しています。
「本気で死を意識したと言う事は、本当の自己の生に目覚めたと言う事である」

ハイデガーによれば多くの人が死とは縁遠い生活をしています。
また親戚が亡くなったりする事はありますが、あくまで他人の死であり、自分ごとにはなりません。
それでもある時に漫然とした不安に襲われる事があります。
この不安はハイデガーによれば自分という存在もいつかは死ぬという、「死の不安」です。

人生において「夢が叶う」や「成功する」というあらゆる可能性があやふやなのに比べて、「自分が死ぬ」ということだけは唯一手応えのある確実に存在する可能性です。
その為、本気で自分の死を捉えた時、誰とも交換できない、一回限りのかけがえの無い自分という、存在の本来あるべき姿が見えます。
そこから人は死を本気で決意した時こそ、根源的な時間である人生の残り時間を生き始めます。

ハイデガーの答えは以下の様になります。
死を自分ごとと捉えた時、人は自分の本来的な生に目覚める

終わりに

この本では上記で取り上げた物以外にも哲学の観点からの解決法が多々紹介されています。
私の考えでは今も昔も人の悩みはあまり変化する事がなく、過去から学ぶ事が大切と感じました。
一時期仕事に直結するビジネス書を多く読んでいた時期がありましたが、最近は哲学など過去の名著から学ぶ事が多々あるのではないかと感じています。
上記の様な悩みと、それに対する哲学的な回答が参考になれば、哲学に触れて見てください。